あまりクリスマス的ではないけれど…。
少し前にあった、夜の出来事を話そう。
あまりクリスマス的ではないけれど…。
少し前にあった、夜の出来事を話そう。
その夜はひどく疲れていた。
鉋屑と一緒に、自分の魂を削り落としていくような仕事の最後の日。
その日のうちに終わらせるいくつかの作業に加えて、とても手間のかかる仕事をひとつやり残していた。
全部済ませて、二ヶ月近く加工場になっていた部屋の道具や残材を片付け、
掃除をして現場を出る頃には夜の10時半を回っていた。
達成感なんてものはない。
それは大変だけど、心躍るような何かをやり遂げた時のものだろう。
あるのは背中から腰の骨の中に溜まったような疲労感と、少々の安堵感くらい。
ビルの間の小さな月が、いつもより滲んで見える。
こういう時はふと煙草が吸いたくなる。
日常、煙草を吸わなくなった私が煙草を買うのは、年に何度もない心待ちにした非日常の旅先と、
こんなふうに自分が磨り減ったような気分の時。
後の場合、たいていは好きな音楽を聴きながら、なるべく楽しい事を考えて車を運転するうちに
忘れてしまうが、その日はたまたま目についたコンビニへハンドルを切った。
煙草はやめた訳じゃない、たまにしか吸わないだけだ。
私にだってやさぐれる事ぐらいある。
店内は私の他に先客がひとり。
「寒くなったよねぇ」と、店員と話す年配の男性が奥のレジにいた。
手前のレジで煙草を求め、車に戻って確かライターがあったはず、と道具箱の中を探すが見当たらない。
なんだ、せっかく買ったのに。
家にあるライターをここでまた買うのも…と、がっかりしながら店先に目を向けると
ちょうど煙草をくわえた男性がいる。
すみませんが火を貸してもらえますか、と頼んでみると、慌てて上着のポケットを探って
赤いBicのライターを差し出してくれた。
自分より一回りくらい年上だろうか。
ニットの帽子を被り、日に焼けた丸顔に白い無精ひげ。
中綿入りの黒いジャンパー、ジャージのようなズボンにスニーカー。
店のカメラには、毎日何十人もこんな人が映っている事だろう。
煙草に火を付け、礼を言ってライターを返そうとすると彼はこう言った。
「良かったらそれ使ってよ。俺、車にも家にもいっぱいあるからさ。
使いかけだけどまだしばらく使えるから。使わなかったら捨てちゃっていいからさ。使ってよ。」
そこまで言われると断る理由も口実も見つからない。
ありがたく頂戴することにした。
「今、ポテト揚げてもらっててさ。コンビニでも揚げたてはうまいからさ。
それにしても寒くなったねぇ。」
そうか、さっき中にいたのはこの人か。
話好きなのか黙っているのが気まずいのか、途切れそうになると次の話題が出てくる。
高速のパーキングや道の駅などで、ヘルメットを被りかけると話しかけてくる人がいるが、
この人もそんなタイプなのかもしれない。
静かに深く煙を吸ったらすぐ走り出す気でいたのだが、特に変な感じもしないので
煙草一本分だけ話に付き合うことにした。
「今、仕事で平針の方へ行ってるんだけどさ、ここらより風が冷たい気がするね。」
この人も自分と似たような職についているのかもしれない。
ふとそんな気がして、今、仕事の帰りなんですか? と聞いてみた。
「いやいや、今はパチンコの帰り。ちょっとだけ儲かっちゃってさ。
ここでポテトとビール買って、うちで一杯やるの。」
指にはさんだ煙草の火が、楽しげに揺れる。
そりゃ、いいな。寒いけど懐はあったかいし、楽しい帰り道じゃないですか。
そう言うと彼は、「いやいやいやー」と照れながら無精ひげをくしゃくしゃにして嬉しそうに笑い、
私もつられて少し笑った。
やがて出てきた店員から薄いオレンジ色の袋を受け取った彼は、「じゃあね、おやすみね」と言って車に乗り込み、
寒い寒いと言うわりには窓を全開にして、手を挙げてから走り出した。
私もそれに答えて軽く手を挙げ、その白いライトバンを見送った。
残りがフィルターと同じ長さに近づいた煙草を、もう一回吸ってから灰皿へ。
さて、と。
気が付くと体に絡み付いていた疲労感が、少しだけ紛れているような気がした。
***
見知らぬ者にも気さくで、笑顔と親切をもって向き合えたら、
それはなかなか素敵な事なんじゃないだろうか。
自分はそんなふうにはなれそうにないが、心に留めておこうと今さらながらそう思った。
寒い夜こそ、思い出せ。
Merry X'mas.
まるでJTのCMみたいだったけど、脚色はいっさいありません。